平将門の首塚【将門塚】の場所&アクセス方法
会社や上司へ不満のある方必見です。
サラリーマンに支持われている?東京大手町のパワースポットである平将門の首塚(将門塚)を紹介します。
不平不満を感じたら、その思いを全部、会社と上司へぶつけましょう。
例え、クビになっても良いじゃないですか?
しっかりと自分の主張をすることが人生では大切です。
強気、強気で迫れば、きっと良い結果を導きます。
そういう勇気がほしい会社員の方、東京大手町のオフィス街のど真ん中にあるパワースポットへ行かれては如何でしょうか?
平将門の首塚です。
平将門のパワーを貰って、会社と上司へモノを言いましょう。そこから新しい道が開きます。
運気も急上昇しますよ。
将門のパワーを借りて、権力者へモノを言おう!!
平将門の首塚の場所【地図あり】
住所:東京都千代田区大手町1-2-1
東京メトロ/都営地下鉄大手町駅C5出入口から東へ40m
(閉鎖中だったのでC6出口からアクセスしました)
地図:
平将門の首塚へのアクセス(行き方の詳細)
平将門の首塚へのアクセスは比較的簡単です。大手町駅の出口から直ぐです。
大手町駅出口のある大手町パークビルディングの向かい側にあります。
平将門の乱(承平天慶の乱)と呪い
東京の玄関口である東京駅と皇居の間、オフィスビルが立ち並ぶビルとビルの谷間の平将門の首塚があります。
平将門といえば平安時代の武将です。一族の抗争を機に国家転覆を陰謀しました。逆賊です。
平将門は自ら新皇を名乗り、朝廷へ反旗をし、10世紀の後半に承平天慶の乱が起きました。
合戦においては、所領から産出される豊富な馬を利用し、さらに騎馬隊を駆使し、反りを持った最初の日本刀を作らせたとも言われています。
朝廷側は討伐軍を投じて乱の鎮静化をはかりました。
※討伐軍(とうばつぐん)
反抗する者を攻めうつこと。
平将門は、即位後わずか2か月たらずで藤原秀郷、平貞盛らにより討伐されました。
平将門の遺体は胴体と首が切り離され、胴体は戦場の茨城に、首は京都へ運ばれ、さらし首にされました。
異変が起きたのはその後です。
首はいつまで経っても腐らず、目を開いたまま「私の胴体はどこだ。首をつないでもう一度戦おう」とわめいていたと言います。
そして、平将門の首は妖しい光を放ち、胴体を求めて空を飛んで行ったそうです。
飛んで行った首が落ちた場所が、現在の首のある東京の大手町です。
首は当時の村人らにより神社に納まれましたが、少しでも粗末に扱うと飢饉や疫病が流行りました。
村人は将門の祟りだと呪いだと噂しました。
平将門の祟りは受け継がれ、戦後にこの場所に駐車場を作ろうとしたGHQ(連合国軍最高司令官総司令部)でさえ、工事を中止したというエピソードがあります。
※
まとめ
現在(H29)、将門塚の一角はビル工事が行われていますが、将門塚だけは緑に囲まれて残っていました。この辺りの理由は存じませんが、将門の祟りを恐れてのことなのでしょうか?
私が平将門の首塚へ行くと、近隣で働くビジネスマンなのでしょうか?将門塚の内を掃除し、花と線香を供えていました。
大手町のビルの谷間に、緑に囲まれた首塚がある。ある種の緊張感とパワーを感じました。
私も平将門からパワーを貰った感じがありました。
そのパワーを自分の目標達成に使いたいを思います。ごちゃごちゃという奴がいれば、取っ払いますよ!!